旧ブリヂストンビルの建て替え事業として、2019年7月に竣工したミュージアムタワー京橋(事業主:株式会社永坂産業、公益財団法人石橋財団)。その竣工から5年を経た2024年11月1日、「WORK with ART」をコンセプトに、「アート」の力で「働く」ことに豊かな価値を与えるオフィスビルとして新たなステージに入りました。
AXISでは、「WORK with ART」というコンセプトの立案からアートの実装、さらに今後の展開までを見据えたプロジェクトを推進した。その具体的なワークフローを紹介していきます。
ミュージアムタワー京橋(竣工当時)©︎Naoya Hatakeyama
ミュージアムタワー京橋は、地上23階、地下2階、塔屋2階からなる、高さ149.56mのオフィスビルだ。大きな特徴は、低層部に「アーティゾン美術館」を併設していることにある(1〜7階、展示スペースは4〜6階)。働く環境のすぐ近くに美術館があるというだけでなく、入居テナントのビジネスパーソンは美術館の展覧会を無料で鑑賞することができるほか、不定期に開催されるアートの特別講座への参加も可能。良質な芸術文化と一体となったオフィスという、オンリーワンの個性を備えている。
徹底したBCP(事業継続計画)サポートも特徴の一つ。地下に国内最高クラスの免震機構を備えると共に、中間層(8、9階)に受変電設備や非常用発電機、熱源設備などを設置。地震や豪雨など、近年とくに猛威をふるう自然災害への対策が図られている。
10階からのオフィスフロアでは約400坪に及ぶ整形・無住空間で最大4200mmの天井高を実現。入居テナントごとに自由なオフィスレイアウトが可能だ。また16階には共用カフェテリア、23階には屋上庭園を設けるなど、ビジネスパーソンのリフレッシュやコミュニケーションの場も設けられている。
近年、東京都・八重洲〜京橋エリアにかけ、都市再生特別地区指定に基づく大規模再開発が進行している。街区ごとに超高層のオフィスビルや複合施設の竣工が相次ぎ、供給されるオフィス床の総面積も増加しつつある。
一方で、オフィス床の過剰供給と空室率の増加は社会的な課題でもある。これまでにもオフィス床の過剰供給は2002年問題、2007年問題などと称されてきたが、東京23区内ではそれを上回る需要拡大により顕在化せずにきた。しかし、2020年春以降の新型コロナウィルス感染症の蔓延に伴い、オフィスワークを取り巻く環境は大きく変化した。主にテレワークが普及したことにより、ワーカー個人のみならず各企業において働く場所と働き方のありようが見直され始めた。事実、東京23区内のオフィス床の空室率は2020年第1四半期では1%に満たなかったものが、以降、急激に増加している。
ミュージアムタワー京橋が取り組む「WORK with ART」プロジェクトは、こうした社会の変化と未来に対するオフィスビルとしての一つの回答とすべくスタートした。
「WORK with ART」というコンセプトは、ミユージアムタワー京橋の独自性や京橋という街の個性とこれからのまちづくりを見定め、ワーキングプレイスおよびここで働く人々のニーズ、社会的動向の変化などに関するリサーチのなかから生まれた。これからのビジネスは、効率性を追求する「労働生産性」ではなく、新たな価値を生みだす「創造生産性」*が求められるとの仮説を立て、多面的な調査を実施。そのうえで、ミュージアムタワー京橋というオフィスビル単体の価値向上に止まらず、未来のオフィスビルのスタンダードとなることを見据えたリーディングプロジェクトと位置付け、新たな働き方の価値を杜会に提示していくことを目指した。
*コンサルティングファーム「ローランド・ベルガー」の商標
コンセプトの「五感を刺激する体験により、創造的な働き方を促進する」に関し、各分野の第一人者らに意見をうかがい、基本方針や施策の方向性をブラッシュアップしていった。
ArtとWork、これらをより高次元で融合させていくための研究や活動を展開する有識者らに「アートは創造性を裔められるのか?」といった課題を投げかけ、オフィスビルとして提供できる価値を検討・分析。そのうえで「個人集中」「気分転換・回復」「つながり・ 創発」という三つ のテーマを導き出した。
さらに、 これらのテーマを具現化するため のアプローチ方法を検討するために、テーマに則った有識者への追加ヒアリングも実施。 この結果、ArtとWorkをつなぐ領域に「Science & Technology」を見出した。「論理・検証」による科学的裏付けを掛け合わせることで「創造生産性」という、新たな価値の創出を試みる体制を構築した。
ヒアリング内容をもとに導き出したテーマを、ミュージアムタワー京橋の空間で実装するために、 具体的な空間イメージを描き、アイディエーションを行った。
プロジェクトの第1弾としてアートを実装する場として、ビジネスパーソンが日々利用する共有スペースのうち、「1階エントランスロビー」「1階~3階エスカレーター」「3階オフィス ラウンジ」を選定。屋外に向けて開放感あるガラスファサードをもつ1階エントランスロビーを「参加型アートギャラリー&カフェ」と想定し「つながり・創発」の場に。1階~3階エスカレーター は「モードスイッチを促す〈アートコリドー〉」として「気分転換・回復」の場に。3階オフィス ラウンジは、「リラックスした環境で集中できる〈オープンオフィス〉」と位置付け「気分転換・回復」および 「個人集中」の場とすることを提案。初期仮説として構築した各フロアに対するアイディエーションをブラッシュアップし、施策を具体化していった。
1階~3階までの三つの空間に、それぞれ「視野の解放」「気分の変容」「心身の整調」というテーマを設定。有識者へのヒアリングや、併設されるアーティゾン美術館との連携、さらに、AXISが発行するデザイン誌「AXIS」に蓄積されたアートやデザインに関する知見も合わせ、アーティストを選定した。これら三つの空間に実装されたアートは、いずれも「五感を刺激する体験により、創造的な慟き方を促進する」ことに即した「五感アート」と位置付けられた。各アーティストとAXISのコラボレーションにより、唯一無二のアート空間が誕生している。
Theme:視野の開放
Area:1階エントランスロビー
Artist:Dumb Type(ダムタイプ)
Title:WINDOWS
世界に偏在するCCTVカメラ映像を収集、これを一つの大きな窓に見立てたスクリーン上で組み合わせ、ビルの中と世界をつなぐことを意図した作品。
Photo: Kenji Masunaga
Theme:気分の変容
Area:1階〜3階エスカレーター
Artist:nomena+Oyster
エスカレーターに乗っている時間を音楽作品のタイムラインと捉え、機械の作動音を楽曲の一要素として組み込んだ。出退勤時にオン・オフのスムーズな切り替えを促す。
Photo: Kenji Masunaga
Theme:心身の整調
Area:3階オフィスラウンジ
Artist:I IN+nomena+Oyster
「武蔵野の森」をコンセプトにした植栽をラウンジの中央に設置し、周りに、待合スペース、ワークスペース、ミーティングスペースの三つの機能を備えたエリアを配置。環境音が流れ、ビルにいながら自然の移ろいを感じることができる。
Photo: Kenji Masunaga
2024年11月1日、京橋彩区のグランドオープンに先駆け、WORK with ARTプロジェクトのプレス発表会を実施。五感アートが実装されるまでにも、企画から設計、施工管理に至るまで、AXIS社内で発足したプロジェクトチームによりそれぞれのスキルを活かした活動を展開してきた。また、PRにおいても、タグライン開発やグラフィックデザイン、プロモーション企画、プレスキット制作、オープニングイベント運営など、多様な場面で社内のリソースが存分に発揮された。
タグライン開発
キービジュアル・Webサイトの開発
(デジタル・クリエイティブ・アトリエbqmn.とのコラボレーション)
ミュージアムタワー京橋とTODA BUILDING の二つのビルで構成される「京橋彩区」が2024年11月2日、東京・京橋に「アートと文化が誰にも近い街」としてグランドオープン。両ビルの低層部にはミュージアム、ギャラリー、イベントホールなどを構え、足元は中央通りに面する間口120mの緑豊かな広場となっている。
さかのぼって、2019年4月には一般杜団法人京橋彩区エリアマネジメントが設立。ビジネスの場としてのオフィスビルという役割を超え、京橋彩区は地域社会と連携し、開かれた芸術文化の場を提供している。
AXISではこれまで、京橋彩区のロゴデザインや公式Webサイトのデザインおよび制作を担当すると共に、エリアマネジメント活動の企画サポートを担い、芸術文化イベントや芸術文化の場づくりの支援を行ってきた。
「彩」と「区」を図案化したロゴ
WORK with ARTというコンセプトが未来のオフィスビルのスタンダードとして普遍的な価値をもつものであることを裏づけるのが、scienceだ。
近年、人々の心理的な幸福感、well-beingを測定する指標に基づくアンケート調査を始め、アートの効果を測定するセンシング技術なども発達している。
こうした先行事例を受け、関連する専門領域で研究活動を行う有識者とのディスカッションを実施。このうち、心理学を学術的基礎として、脳神経科学、芸術科学、マーケティングリサーチを融合した感性科学の研究分野で実績をもつ川畑秀明氏(慶應義塾大学文学部人文社会学科教授)の助言をもとに「五感に作用するARTを通じた〈感性の揺さぶり〉がビジネスパーソンの創造生産性にどのように寄与するか」を調査・研究テーマに設定した。
「目的(ロジカル)⇄ 無目的(フィジカル)の回遊を高めることで、創造的な思考を促進する」「アートにより五感を刺激することで創造的な思考を高める」ことを仮説とし、ビジネスパーソンの行動変容や感情(状態)変化から、アート体験の効果検証を行い、エビデンスを獲得していく。
科学的な効果検証のフィードバックを受け、アートを更新していく仕組みを考案。「仮説 」⇄「実装 」⇄「検証」を一定期間で繰り返し、進化していくサイクルを目指す。
また、その実験過程を情報発信していくことで、創造生産性が高まるオフィスビルとしての認知も獲得していく。さらに今後は、2024年11月に実装した「五感アート」によるArtと Workの関係性を分析したうえで、さらなる効果が期待できるアートを発展的に充実させていく。「京橋彩区」との連携を深め、WORK with ARTプロジェクトが芸術文化の拠点として重要な役割を果たしていくことが計画されている。
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