鹿児島市立谷山小学校|かつて「日本一のマンモス校」、田園風景の名残伝える

2024/11/05 05:00
谷山小学校の校舎と緑の屋根が特徴的な講堂(左)=10月11日、鹿児島市谷山中央1丁目
谷山小学校の校舎と緑の屋根が特徴的な講堂(左)=10月11日、鹿児島市谷山中央1丁目
 谷山小学校は、鹿児島市南部の住宅地にある。周辺には市役所の谷山支所や郵便局、商業施設が立ち並ぶ。近年はJR谷山駅前の再開発が進み、道路の拡幅や区画整理により街並みは表情を変えつつある。

 校歌が制定されたのは1953(昭和28)年。桜島や鹿児島湾に注ぐ永田川、慈眼寺跡のヤマザクラといった、自然豊かな田園風景が詞に織り込まれている。吹奏楽部に所属する6年生の米山史菜さんは「歌が上り調子で終わるところが、おしゃれでかっこいい」と胸を張る。

 校区の人口が増えた58年には児童数3000人を超え「日本一のマンモス校」と称された。「学校の周りの田んぼが一気に住宅地に変わり、街になった」と卒業生で校区あいご会コーディネーターの吉留栄美さん(57)。「全校児童が歌うとすごかった」と回想する。

 西門の横には、シンガー・ソングライターの吉田拓郎さんの「夏休み」の歌碑がある。2年生まで通った谷山の思い出を歌ったとされる。長友充男校長(60)は「吉田さんの歌のように、子どもたちが校歌を、ふるさとの歌だと懐かしんでくれたら」と願う。

●メモ 1869(明治2)年に創立された「立志舘」が起源。76(同9)年に谷山小学校に。宮崎市の大淀小学校との交流が1955年以来続く。58年には児童数が3000人を超え、69年に東谷山小、78年に西谷山小に分離。児童数は942人(2024年5月時点)。

■谷山小学校 校歌
作詞 高城俊夫
作曲 西 勇恕


青空高く さわやかに
晴れて明るい 桜島
ああ あの山の気高さを
理想とつねに あおぎつつ
まなぶ 谷山小学校
 

若葉の緑 瀬にはえて
流れつきせぬ 永田川
ああ あの水のすがしさに
心のかがみ みがきつつ
はげむ 谷山小学校


昔を今に 咲きにおう
慈眼寺あとの 山桜
ああ あの花の輝きに
平和の光 もとめつつ
つどう 谷山小学校

校歌の風景

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