「幕末新聞」は1867(慶応3)年の1年間を、当時の国内外の史料をもとに“新聞スタイル”で再構成。もし今の新聞があったらどう報道したか?薩摩藩を中心として激動の日々に焦点を当てます(構成上の「特派」や「談」はフィクションです)。「幕末新聞」は南日本新聞で2017年1~12月、月1回連載しました。
※メインの記事1本を掲載します。

[幕末新聞第7号]薩摩藩主の率兵、国元に慎重論 在京首脳陣と“温度差”

2017年7月6日南日本新聞掲載
島津久治(右)と珍彦とされる写真。兄弟で意見が対立しているという=黎明館所蔵
島津久治(右)と珍彦とされる写真。兄弟で意見が対立しているという=黎明館所蔵
 【京都・薩摩】新たな政治体制の樹立に向けて薩土盟約を結んだ薩摩藩だが、武力改革を進めつつある在京首脳部と、国元との“温度差”が浮き彫りになっている。慶応3(1867)年7月初旬ごろから「武力対決論(討幕論)」について、鹿児島城下では懸念の声が噴出。最大の懸案となっている藩主・島津忠義の率兵上京に「慎重論」も根強い。失敗時の危険性や藩財政逼迫(ひっぱく)を理由に、藩主弟・久治らが反対。京都滞在中の国父・島津久光を中心に武力改革を進めようと動きだした藩首脳陣と、国元の出兵反対派との溝が深まる。

 四侯会議の破綻を受け、家老の小松帯刀を筆頭とする西郷隆盛や大久保利通ら在京首脳部は5月下旬、平和的手段による幕政改革から、武力を背景とした改革路線への変更を決定。「八月十八日の政変」(文久3=1863年)のような武装蜂起(クーデター)を想定しているとみられ、状況によっては藩主率兵上京もあり得ると国元に伝えた。

 これを受け、藩主率兵について、国元では反対論が広がった。その主な理由として、(1)700年続いてきた島津家の存続が揺らぐ可能性がある(2)国父・島津久光の上京など度重なる出費で藩財政は火の車(3)一時は戦火を交え、朝敵にもなった長州と手を携え改革を図るのは「国家の大難」を招く―などが出ている。

 とりわけ長州との「心情的なしこり」は深刻なもよう。長州の冤罪(えんざい)晴らしを目的に秘密裏に結ばれた「薩長同盟」(慶応2=1866年)について知らない国元の藩士も少なくない。長州との連携は「自らを逆賊におとしめる行為」と指摘する者もいる。

 出兵反対派の筆頭が国父・久光の次男で、7月に家老に就いたばかりの久治だ。出兵賛成派の弟・珍彦(うずひこ、久光三男)との対立は深く、在京の久光は手紙(8月3日付)で「兄弟中の不和は良くない。よくよく考えてほしい」と長男忠義に伝えた。藩の“最高権力者”である久光自身も、国元では早期出兵論が巻き起こるものと考えていただけに、認識のずれに驚いたようだ。

 久治のほか、欧州帰りの町田久成も8月の時点で、西郷隆盛による出兵要請は「児戯に等しい」と反対の意を示した。城下士を中心に反対や慎重論を唱える者が多く、外城の郷士層に出兵賛成が多いのが国元の特徴で、忠義をはじめ鹿児島に残る上層部の舵(かじ)取りが注目される。



 国父・久光は8月15日、いったん帰国のため京都を発った。関係者によると、表向きは体調不良を理由にあげているが、亀裂を修復する狙いもあったとみられる。一方、藩論を二分する喧噪(けんそう)をよそに、在京首脳部は着々と武力改革に向けた準備を進めていった。

 大久保利通は7月中に京・岩倉村へひそかに出向き、謹慎処分中の公家・岩倉具視と会い、「王政復古」の計画を練るなど朝廷工作を図る。8月15日の夜には、西郷隆盛が長州藩士・御堀(みほり)耕助と面会。御堀が「長州兵を大坂に上らせよう」と提案したところ、在京薩摩藩邸も賛同すると西郷は答えたもようだ。

 薩土盟約を結び、7月中旬には藩兵を引き連れて京に戻ると言って土佐に帰った後藤象二郎は、依然、8月になっても姿を現していない。在京薩摩藩首脳部は、長州との連携を軸に朝廷工作を先鋭化させるなど、新たな一手を考えているとみられる。

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