1986年に福井市の中学3年生が殺害された事件で、実刑が確定し既に刑を終えた前川彰司さんに対し、名古屋高裁金沢支部は裁判のやり直し(再審)の開始を認めた。
有罪の根拠となる供述をした複数の関係者が自己の利益のためにうそを言った疑いがあるなどとして、その信用性を否定。供述に依存する有罪認定に警鐘を鳴らした。
同時に警察・検察による捜査・公判活動の不当性を厳しく批判した。検察はこれ以上有罪の主張を続けるべきではない。速やかに再審裁判の結論を得て冤罪(えんざい)防止の徹底に生かしてほしい。
事件発生から1年後、21歳だった前川さんは殺人容疑で逮捕される。犯人を直接指し示す証拠はなく、一貫して潔白を訴えた。一審福井地裁は無罪とするが二審の高裁金沢支部は逆転有罪とし、心身耗弱を認めて懲役7年を言い渡した。最高裁も支持し確定した。
満期出所後の第1次再審請求でいったんは再審開始が認められるも、検察の異議申し立てで覆る。第2次請求の今回で、無罪や再審開始の司法判断が出るのは3回目だ。確定判決を支えた証拠構造は崩れたとみていい。
再審決定によれば前川さんの関与を最初に証言した知人は当時、覚醒剤事件で逮捕されており取調官に減刑を期待する発言をしていた。証言を取引材料にしようとした態度がうかがえる。
一方、警察は捜査に行き詰まり「なりふりかまわず供述を得ようとしていた疑いが濃厚」と踏み込んだ。関係者に対し、面会や飲食など通常考えられない優遇もしたという。
さらに、検察は公判段階で補充捜査によって証言に反する事実をつかんだのに明らかにしていなかった点を指摘。「公益を代表する検察官としてあるまじき不誠実で罪深い不正な行為」と糾弾した。警察・検察ともに、本来の責務である真相究明に背を向けた行為と言わざるを得ない。
また決定は、犯行告白の供述を支持した確定判決にも「関係者証言にはらむ危険性を放置したと批判されてもやむを得ない」と異例の言及をした。より丁寧な審理に向け、捜査段階だけでなく裁判についても検証が必要だ。
第2次再審請求で確定判決を揺るがす証言のほころびが次々と判明したのは、検察側が新たに出した大量の証拠があったからだ。証拠開示ルールの整備、検察による不服申し立ての制限など制度改革を急がなければならない。
1979年、大崎町で男性の遺体が見つかった大崎事件は直接証拠がなく、有罪根拠が関係者の供述頼みという点で構図が似る。再審開始を認める決定が3回出たがいずれも上級審で覆り、第4次請求が続いている。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に基づく判断を求めたい。