兵庫県議会で全会一致の不信任決議を受けて失職した斎藤元彦氏が出直し選挙で再選を果たし、2期目の県政をきのうスタートさせた。
県議会が「ノー」を突きつけた人物を、有権者が改めて知事に押し上げた結果は意外だが、選挙の審判を厳粛に受け止めたい。知事、県議はそれぞれが背負う民意に応えて力を尽くし、混乱した県政を立て直す必要がある。
斎藤氏はパワハラや贈答品の「おねだり」といった疑惑が指摘され、資質を問う声は全国に広がった。失職後に再出馬を表明し「自分流の選挙をする」と駅前につじ立ちしても、足を止める人はまばらで苦戦が予想された。
大逆転の原動力となったのは、交流サイト(SNS)だ。斎藤陣営が活動の様子を頻繁に投稿するうちに、サイト内に応援書き込みが増えていった。「#斎藤がんばれ」がトレンド入りし、フォロワーは投票日夜の時点で約20万人に達した。
その熱気は斎藤氏自身が「ここまで広がるとは思っていなかった」と振り返るほどだった。終盤の街頭演説には千人を超える人が集まり、確かな流れを印象づけた。有権者の投票行動にもつながり、投票率は前回2021年を14.55ポイント上回る55.65%になった。共同通信の出口調査では10~30代で次点候補の2倍以上の支持を得た。
ただ、投票意思の形成過程の分析は欠かせない。斎藤氏に対して「かわいそう」との同情が広まり、「マスコミはうそばっかり」「パワハラはなかった」といった主張を展開する動画や書き込みが盛んに閲覧された。過去の経緯を踏まえない同情論や虚偽情報がまん延する状況が、健全とは思えない。
不信任の発端は、県西播磨県民局長だった男性による斎藤氏のパワハラ疑惑などの告発だ。男性は今年4月、県の公益通報窓口に通報したが、県は誹謗〔ひぼう〕中傷と認定して男性を懲戒処分した。男性は7月、「死をもって抗議する」とメッセージを残して亡くなった。
県議会の調査特別委員会(百条委員会)では、パワハラの数々を県職員が具体的に証言した。告発文書の取り扱いも専門家から違法性を指摘された。
こうした流れを把握した上で再登板を託した有権者もいただろう。だが、SNS上の陰謀論まがいの言説や、根拠不明の誤情報に引き寄せられた有権者も少なくなかったのではないか。
ネットでは県議会やマスコミなど「既得権益者」からいじめられても果敢に戦う斎藤氏という構図が盛んに描かれた。この矛盾や不合理がまかり通るなら、健全な言論空間とは程遠い。
ネット戦略が選挙の勝敗の鍵を握る傾向は一層強まる可能性が高い。問われるのは、情報を識別する有権者の能力である。真偽を吟味し、冷静に考察を深めて行動する態度を心がけたい。