社説

[韓国「非常戒厳」]共感得られぬ強硬策だ

2025年12月5日 付

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が3日夜、突然「非常戒厳」を宣言した。陸軍大将率いる戒厳司令部が、政治活動の禁止や言論統制を布告。国会本館に銃を構えた兵士を突入させた。
 国会の要求決議を受け入れて6時間で解除されたが、まるで軍事政権に逆戻りしたかのような強硬策に、国民の共感は得られまい。
 最大野党「共に民主党」は「憲法と民主主義をじゅうりんした」とし、尹大統領の弾劾手続きを進めると表明した。しばらく混乱は続くだろう。尹氏は国内だけでなく、国際社会にも経緯を詳しく説明しなければならない。
 韓国憲法によると、大統領に強大な権力を与える戒厳は、戦時などの国家非常事態の際に宣布できる。非常戒厳はその一つの形態だ。かつては全土戒厳令への抗議デモで多数の死傷者を出した光州事件(1980年)などの悲劇も生まれた。
 だが87年の民主化後、国が政治活動やメディアを抑え込む強権を発動した事例はない。韓国は世界から、民主化の成功例とみなされてきたはずだ。それだけに、国家非常事態とはとても考えられない中での今回の戒厳宣言が内外に与える衝撃は大きい。
 背景に何があったのか。
 尹大統領は2022年5月に就任した。中間評価の意味合いもあった今年4月の総選挙で保守系与党「国民の力」が大敗し、厳しい政権運営を強いられるようになった。
 統治スタイルは独善的との批判を受け、妻を巡る不正疑惑もくすぶる。「韓国ギャラップ」の世論調査(11月末発表)で、尹氏の支持率は19%にとどまり、不支持率は72%に上った。
 万策尽きたとの焦りか。事態打開を狙った策か。尹氏は非常戒厳を宣言した際の緊急談話で、野党への敵意をむき出しにした。政権の方針と対立する法案提出や採決の強行を繰り返すことに「内乱を画策する明白な反国家行為だ」と批判。その動きを北朝鮮の主張に従う「従北勢力」とも結びつけ、「従北勢力を撲滅」すると訴えた。
 国会が「犯罪者集団の巣窟になった」との主張に至っては、理性を欠いた言葉としか思えず、一国のリーダーとしての資質に疑問符がつく。
 深刻なのは、韓国の与党や政府内からも、尹氏の判断力を疑う声が出ていることだ。側近や与党幹部も戒厳の宣言を知らなかったと地元メディアは伝える。今後、弾劾訴追の流れは免れないと見られる。
 日本政府は、尹氏を日韓関係改善の立役者として評価してきた。尹氏への反発が続けば、積み上げてきた努力にも影を落としかねない。政府は日本と韓国が民主主義の価値を共有しているとの基盤に立ち、混乱の収拾と自制を促すことが求められている。

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