社説

[USスチール]両国に益ない買収阻止

2025年1月7日 付

 バイデン米大統領が、日本製鉄によるUSスチールの買収を禁止する判断を下した。同盟国である日本企業の投資を、安全保障を理由に阻止する異例の事態だ。
 日鉄が買収計画を発表したのは2023年12月。米大統領選の渦中で、選挙後も政治に左右されてきた。
 生き残りをかけた買収の頓挫で、USスチールの前途は多難になるといえる。グローバル化にかじを切っていた日鉄にとっても痛恨事だ。日米の経済にとって利益はなく悪影響は必至だ。
 外国からの投資に安保上の問題がないか審査する米政府の「対米外国投資委員会」は、賛否が割れ、明確な判断を示さなかった。買収を認めるかどうかの決定は、バイデン氏に委ねられていた。
 バイデン氏の判断には米国が保護主義的な傾向を強める中、買収を止めた方が次の中間選挙や大統領選で民主党に有利になるという計算が働いたとみられる。大統領自身の判断で、日本企業の対米投資にストップをかけた例はこれまでなく、他の対米投資を萎縮させる恐れがある。
 USスチールは、大統領選の激戦州の一つペンシルベニア州に本社がある。買収が争点となることは当初から想定された。それでも日鉄が踏み切ったのは、政治的なリスクばかりを恐れ、USスチールを傘下に収める機を逸するわけにはいかなかったからだ。世界の鉄鋼市場で優位に立つ中国と、日米共同で対抗するためにも必要な判断だったといえる。
 日鉄は、少子高齢化で国内の鋼材需要が減少する中、成長市場の米国で活路を見いだす戦略だった。粗鋼生産量で世界4位の日鉄にとって同24位のUSスチールと合わせて世界3位に浮上する見通しだった。
 USスチールは120年以上の歴史を誇り、第2次世界大戦後の米国の繁栄を支えた鉄鋼業を象徴する存在でもある。長く競争してきた日本企業の傘下に入ることに、国民の抵抗感が強かったのは理解できる。
 既存設備の老朽化対応が課題だが、今後、日鉄を上回る好条件で提携相手を見つけるのは簡単ではない。同社の経営が悪化すれば、米製造業の供給網自体の弱体化を招く恐れもある。
 日鉄とUSスチールは買収禁止命令について「安全保障問題に対する確かな証拠を提示していない」と非難している。日鉄は、米政府を相手に訴訟を起こす構えだ。
 大統領の命令を覆すのは難しいとみられる。トランプ次期大統領も既に交流サイトで買収に「断固反対だ」と強硬姿勢を表明している。だが、黙って受け入れるわけにはいくまい。日本は官民一体で「自国第一」の現実を冷静に分析しながら、対処してほしい。

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