社説

[公益通報改正案]正当性判定に課題残す

2025年1月9日 付

 勤め先の不正を告発し、正そうとする労働者を守り、組織の法令順守徹底を促す「公益通報制度」が施行されて20年近い年月がたつ。
 見直し議論を進めてきた消費者庁の有識者検討会は提言をまとめた。公益通報を理由に、人事などで不利益な扱いをした事業者への刑事罰導入を新たに盛り込む。今月召集の通常国会に改正法案が提出される見込みだ。
 制度を社会に浸透させる契機にするべきだ。一方、告発を受けた側が、それが公益通報対象となる「正当な訴え」かどうか判定できるという矛盾は残されたまま。検討課題となっている。
 公益通報者保護法は2006年に施行された。大手企業の牛肉産地偽装やリコール隠しなど不祥事が内部告発で次々発覚。自浄作用による問題解決につなげる仕組みを制度化した。
 22年の法改正では従業員301人以上の事業者に通報窓口の設置などを義務付けた。しかし制度の不備に対する行政指導は改正法施行から約1年半で22件に上った。保険金不正請求問題などが相次いだ中古車販売大手ビッグモーターなどへの指導が含まれる。これらの問題が消費者庁に制度改正を急がせた。
 有識者検討会の提言は通報者の「保護」と「報復」に対する抑止力強化を柱にする。安心して声を上げられる環境づくりを念頭に置いたものだろう。
 現在は告発した労働者が解雇や懲戒処分を受けると、裁判を起こして職場復帰や損害賠償を求めるしかないが、時間も手間もかかる。「通常の人事異動」といった言い逃れをするような企業に対し、通報と処分との因果関係も立証しなければならず負担は大きい。
 今回、提言が明記した事業者への刑事罰導入案は、これまで告発経験者や識者が求めてきた報復への制裁とも言える。また、裁判になった場合、「通報したことが処分理由ではない」と主張しようとする事業者の方に立証責任を負わせる。現行制度の転換で、通報者の負担は軽くなるはずだ。
 ただ罰則対象は解雇・懲戒に限られ、通報者を特定する「探索行為」や通報を理由とする「嫌がらせ」「不利益な配置転換」への罰則は見送られた。
 さらに、告発された組織側が「目的が不正で内部通報に当たらない」と判断すれば通報者が保護されなくなる課題についても、議論には上ったものの対策案はまとまらなかった。
 鹿児島県警の前生活安全部長が内部の不祥事をまとめた文書を報道機関に送った件では、県警は「公表を望んでいない被害者の個人情報が含まれ公益通報に当たらない」とし国家公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕した。兵庫県知事の疑惑告発文書問題と併せ、客観性に疑問を抱かせない説明が尽くされなければ制度の趣旨は守れまい。

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