聴覚障害のある女児は、将来どの程度の収入を得られるはずだったのか。交通死亡事故の「逸失利益」の額が争われた訴訟で、大阪高裁は健常者を含めた全労働者の賃金平均と同等にすべきだ、とする判決を言い渡した。
障害のある子どもの逸失利益は、減額されて当然だとする考え方があった。健常者と「同等」とした判断は初めてとみられる。
判決は聴覚障害を巡る社会情勢の変化や技術の進歩を踏まえ、「ささやかな合理的配慮により職場全体で障壁を取り除くことができる」とした。バリアフリーな環境づくりを促す、司法の重要なメッセージといえよう。
女児は7年前、大阪市で聴覚支援学校から下校中、重機の暴走に巻き込まれた。2023年2月の一審判決は、逸失利益を全労働者の平均賃金から15%減額した。遺族は障害を理由に減らすべきではないとして控訴していた。
逸失利益は、亡くなる前の収入を基礎収入として算出する。子どもの場合は、平均賃金を用いるのが一般的になっている。
障害がある子どもについては、かつては「就労可能性がない」として「ゼロ」と算定する判決もあった。近年は賠償を認めても、労働能力に応じて平均賃金から減額するケースが続いていた。
これに対し大阪高裁は、減額が許されるのは、平均賃金を基礎収入と認めることに「顕著な妨げがある場合に限られる」とした。減額はむしろ例外とする考え方で画期的だ。
判決は、女児の障害の程度やコミュニケーションに積極的だったという能力を評価。補聴器や手話、文字を併用して聴力不足を補うことで将来働く際に能力に問題は生じないと推定した。
就労環境の変化も重視した。聴覚障害者がデジタル機器を活用して円滑に意思疎通を図る企業の増加に触れた。存命なら就職していた時期に差しかかっている現在「健常者と同じ条件で働くことができたと予測できる」と導いた結論は、説得力がある。
高裁の判断の背景には、障害者を巡る法整備が進んだことがある。11年施行の改正障害者基本法は、障害者の社会的障壁を除去するため、周囲の過重な負担とならない程度で「必要かつ合理的な配慮」を求めた。
16年の障害者差別解消法にも同様の規定が盛り込まれた。民間事業者にとって当初は努力義務だったのが、24年施行の改正法で義務化された。「合理的配慮」を踏まえた今回の判決は、今後の同種の訴訟に影響を与えると考えられる。
障害のある人がサポートを得て、より力を発揮できる。そんな共生社会に向け「ささやかな配慮」を積み重ねたい。