社説

[クロウサギ輪禍]対策の工夫を重ねたい

2025年3月5日 付

 奄美大島と徳之島だけに生息する国の特別天然記念物アマミノクロウサギの天敵が、人間である現実を見過ごすわけにはいかない。
 環境省の集計で、2024年に交通事故で死んだアマミノクロウサギの数が165匹前後となる見込みだという。前年の175匹から減りはしたが、3年連続で100匹を超えた。
 個体数が増えている影響もあろう。奄美大島での外来種マングースの根絶や、野生化した猫「ノネコ」の対策など、絶滅危惧種を捕食者から守る長年の取り組みの効果とみて間違いなさそうだ。環境省による推定個体数は、21年時点で約2万2000匹になった。
 だが、車にひかれて死ぬ個体が増えれば、保護の苦心や努力の成果を相殺しかねない。世界に誇る「生きた化石」を着実に未来に引き渡すには、対策の工夫を積み重ねるしかない。
 アマミノクロウサギの祖先は、200万年前の地殻変動で奄美群島がユーラシア大陸と切り離されたため、島に閉じ込められたことで天敵から免れて生き残った。ウサギの最も原始的な姿を残すといわれる。本土のウサギと比べて耳や脚が短い丸っこい姿は個性的で、世界自然遺産「奄美・沖縄」の象徴的な存在でもある。
 23年の交通事故死は奄美大島147匹、徳之島28匹で合計が過去最多だった。24年は奄美大島約120匹、徳之島は40匹以上になりそうだ。
 事故増の背景には、個体数の増加に伴う生息域の拡大が考えられる。奄美大島では30年ほど前の主なすみかは島の中南部だったが、中部や北部にも広がり、集落近くにも姿を見せるようになった。交通量の多い国道や県道で犠牲が増えているという。
 地元では生息域付近の道路に減速帯を設置して通行車両への注意を促す、クロウサギの飛び出しを防ぐネットを道路沿いに張る、といった対策が実行されている。
 新しい技術の実証実験も始まっている。日産自動車や奄美市、環境省など7団体は、車から高周波音を発してクロウサギに接近を知らせる装置を奄美大島で試している。確かな効果が確認されれば、ほかの野生動物保護にも活用されよう。
 こうした装置や技術の導入と同様に大事なのは、住民はもちろん、観光客も含めた理解と関心を高めることだ。
 アマミノクロウサギは1000万年前からの地球の歴史や、生物の進化を物語るかけがえのない教材と言える。保護に知恵を絞ることは、自然と人間の共生の探求でもある。
 事故の発生場所や時間、詳しい状況などのデータベースが構築されれば、より効果的な策も講じられるのではないか。世界に誇れる保護と共生の先進地を目指したい。

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