社説

[韓国大統領罷免]分断の深まり危惧する

2025年4月9日 付

 突然の戒厳令に端を発した政治と社会の混乱を収拾できるか。韓国は重要な岐路に立っている。
 韓国憲法裁判所は、昨年12月の「非常戒厳」宣言を巡り弾劾訴追された尹錫悦(ユンソンニョル)氏の大統領罷免を決定した。国会などへの軍投入により「民主主義を否定し、憲法を無視した」として違法性は重大と断罪。尹氏は即時失職した。
 軍事独裁政権との闘争の末に勝ち取り、育んできた韓国の民主主義は大きな痛手を負った。社会の分断がより深まらないか危惧する。6月3日実施の次期大統領選に向け、一層の混迷に陥ることに歯止めをかけねばならない。
 尹氏は昨年12月3日夜、野党が「国政や司法をまひさせている」として戒厳令を宣言した。国会による訴追を受けて始まった弾劾審判では一貫して正当性を主張し続けた。
 しかし憲法裁は「戦時やこれに準ずる国家非常事態」との発動要件を満たしていなかったと指摘するなど、主張をことごとく退けた。最高権力者の行動をも抑止できる民主主義の健全さを示した妥当な判断と言えよう。
 重要なのは、保守系を含めた裁判官8人全員一致の罷免だったことだ。分断の深刻化を最小限に抑えようとした憲法裁の危機感がうかがえる。
 韓国では保守と革新が国を二分し激しい対立を繰り広げてきた。加えて今回の弾劾は、支持、不支持を巡り男女や世代間の分断を加速させたという。
 保守系の尹氏を信奉する若者たちが高齢者中心の支持層に加わり、野党を「反国家勢力」と敵視。尹氏に対する内乱首謀容疑の捜査で逮捕状を出した地裁が襲撃された事件では、逮捕者の約半数が20~30代だった。一方、ジェンダー政策推進に力を入れる革新系のデモには女性が多い。
 こうした状況で次期大統領選の最有力候補と目されているのが、革新系野党「共に民主党」の李在明(イジェミョン)代表だ。保守系には強力な対抗馬が見当たらず、守勢からの巻き返しは容易ではない。
 憲法裁は尹氏の罷免理由で、野党に対しても「対話と妥協を通じた解決に向けた努力をすべきだった」と苦言を呈している。大統領選で候補者に求められるのは、対立を解消し国民の統合を目指す強力な訴えだろう。
 尹氏の失脚が日韓関係に及ぼす影響も注視が必要だ。日本政府は尹政権との良好な関係を土台に、今年の国交正常化60周年の節目に関係強化を目指していたが見通しが立たなくなった。
 トランプ米政権による関税措置への対応など共通の課題もある。覇権主義的な動きを強める中国や核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への対応には、米国を含む3カ国の連携強化が欠かせない。東アジア地域の不安定さが増さぬよう、日本政府は韓国への働きかけを引き続き強めてほしい。

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