社説

[水俣病懇談会]救済の枠拡大が不可欠

2025年5月2日 付

 水俣病の犠牲者慰霊式に合わせた被害者団体と浅尾慶一郎環境相の懇談が、きのうまでの2日間、水俣市で開かれた。環境省が団体側の発言中にマイクの音声を切った問題から1年。批判を浴びた経緯から懇談時間は大幅に伸びた。
 しかし浅尾氏が、認定基準制度や住民健康調査の見直しを求める被害者団体側の要望に応える場面はなく、両者の溝の深さを改めて印象付けた。
 被害者救済に背を向け続けてきた国の姿勢は、なお変わっていないと言わざるを得ない。「最終解決」のためには、被害の全体像を把握し救済の枠を広げる政策転換を急いでほしい。
 被害者団体側の要望の柱の一つは、脳磁計とMRIを組み合わせた住民健康調査の手法の見直しだった。「積極的かつ速やか」な調査実施を明記した2009年施行の水俣病特別措置法に基づき、環境省が開発した。本年度は試験的に行う方針が示されている。
 ただ同省の報告ではメチル水銀の影響の可能性を示す反応を検出したのは認定患者の8割にとどまり、精度を疑問視する声がある。対象者は調査に1泊2日で参加することが必要で負担が大きい。実施可能なのは年間500人と想定され、被害者団体側は大規模な健康調査には適さず「切り捨てにつながる」と反対している。
 これに対し浅尾氏は懇談で「専門的知見から適切という意見があり、疫学調査の精度を高めるもの」と譲らなかった。さらに調査の目的について「被害を前提に調べるわけではない」との見解を示したことは見過ごせない。被害者が憤るのは当然だ。
 患者の認定を巡っては国の基準が厳しいとの声が根強い。1977年に国が示した現行基準は原則として「感覚障害と他の症状との組み合わせ」を求めるものだ。救済の範囲を狭めると問題視され続けてきた。
 団体側は国がかたくなに崩さないこの基準の見直しも求めたが、浅尾氏は「見直す考えはない」とこれまでの見解を繰り返した。2013年の最高裁判決が「従来の判断条件を否定していない」との主張だ。ただ、感覚障害だけの患者を水俣病と認めるなど、国の基準より緩い条件で認定している。被害者の理解を得られるかは疑問だ。
 要望に対する事実上のゼロ回答に被害者の落胆は深い。1日目に、昨年の懇談でマイクを3分で切るシナリオが同省側にあったことを認識していなかった、と浅尾氏が発言したことにも反発が広がっている。
 水俣病の公式認定から来年で70年となる。高齢化が進み、被害者の焦りは募っている。国は「公害の原点」の実態を直視し対応を急がなければ、特措法が求める「あたう(可能な)限り」の救済は実現しないと覚悟すべきだ。

日間ランキング >