千人超の生活保護受給者が立ち上がり「いのちのとりで裁判」と銘打った訴訟で、最高裁が、国による生活保護費引き下げを許さぬ判断を示してから約1カ月がたった。
前例のない規模で減額した措置には「過誤、欠落があったというべきで、違法」とし、減額処分を取り消した。賠償責任は否定されたが、制度のゆがみが露呈した以上、国は減額分を追加支給するのが理にかなう。
それでも厚生労働省は動かない。いまだ謝罪せず、被害回復策の検討は「専門家に委ねる」との姿勢だ。原告団は勝訴したにもかかわらず、残念な思いを深めているに違いない。高齢者も多い。救済を急がなければならない。
きっかけは生活保護受給者への激しいバッシングだった。民主党政権下の2012年、週刊誌が、人気芸人の母親の受給を報じて火が付いた。
自民党は、年末の衆院選で「給付水準10%引き下げ」を公約の一つに掲げ、公明党とともに政権を奪還する。
国の動きは早かった。13年1月に減額を決定。さらに約半年後には引き下げが始まり、15年まで3年かけて生活保護費のうち食費や光熱費に充てる生活扶助費を平均6.5%下げ、計約670億円を削減した。
減額の裏に、政権への忖度(そんたく)があったとみるのは当然ではないか。
反発する受給者側が国と自治体を相手に起こした一連の訴訟は、鹿児島を含む29都道府県で計31件起こされ、地裁・高裁では判断が分かれた。最高裁が今回統一判断を示したことで、今後同様の結論になるとみられる。
最大の争点は減額根拠の妥当性だった。厚労省が専門家部会にも諮らず、独自に算出した物価下落率を指標に使ったことに、最高裁判決は「合理性を基礎付ける専門的な知見があるとは認められない」と切り捨てた。そして、国の判断に「裁量権の範囲の逸脱、乱用」があったと結論づけた。
減額の決定過程は「ブラックボックス」との批判を浴び、不透明さが拭えないままだ。「最低限度の生活」を保障する制度が信頼できるものなのかが問われている。厚労省側はきちんと検証し、説明を尽くす責任がある。
ことは受給者の問題だけではない。保護費の基準額改定は、最低賃金や、住民税の非課税、就学援助といった他の低所得者向けの各制度の水準と連動している。影響は広範に及ぶ点も留意しておきたい。
“清算”作業はどう進むのか。原告団は最高裁判決後、3回にわたって厚労省に申し入れ、(1)謝罪(2)減額分の追加支給(3)再発防止策の実施-を求めたが、応対した室長級職員らはほぼゼロ回答で、誠意が見られない。人間が人間らしく生きるために国が果たすべき役割の原点に立ち返ってもらいたい。