【翔べ和牛 産地はいま②】王国鹿児島を支えるのは小さな家族経営農家 後継者不足で廃業が増える 牛飼い44年のベテランも引退を決めた

2022/03/05 11:13
牛のいないがらんとした中原和徳さんの牛舎=鹿屋市東原町
牛のいないがらんとした中原和徳さんの牛舎=鹿屋市東原町
 鹿屋市東原町の中原和徳さん(64)の牛舎を訪ねると、閑散としていた。

 最盛期に約90頭を飼っていた広大な敷地には母牛6頭と子牛3頭だけ。2年前に引退を決め、7月の競りを最後に全て手放す。

 牛飼い44年のベテラン。初めは酪農だった。妻道子さん(62)と2人で切り盛りしてきた。立ったり座ったりが多い搾乳の作業は膝への負担が大きく、和牛の繁殖へ徐々に移行。6年前、完全に転換した。

 和牛農家としては遅咲きながら、育てる牛は発育がよく、病気に強いと定評がある。「生涯現役と言えれば、かっこいいんだけどね。一番の理由は、後継者がいないことかな」

■家族旅行は日帰り

 息子2人、娘1人は会社員や教員となり、いずれも地元を離れた。「好きなことをやればいいよと言っていたら、みんないなくなった」と肩をすくめた。

 もし、3人の誰かが跡を継ぐと言っていたら-。意地悪な問いかけにも「自分は応援したと思う。でも、妻は『もっと自由がきいて安定した職を探して』と反対したんじゃないかな」と笑って返した。

 牛にほれ込み、自分で選んだ道だから「つらいと思ったことはない」。ただ、食を支えるやりがいの一方で、3K(きつい、汚い、危険)職場と見られ、若者から敬遠されがちなのは紛れもない事実だ。

 牛の世話は365日、途切れることがない。家族で一番遠出した旅行が車で片道2時間もかからない霧島というのが、仕事の大変さを物語る。

 「どんなに頑張っても、餌をやる朝と夕方の間に往復できる所でしか出掛けられないからね」。築き上げた生産基盤が1代で幕引きとなるのは寂しいが、仕方ない。

■迷惑はかけない

 和牛王国・鹿児島は、中原さんのような家族経営による小さな農家で支えられている。

 国の2021年畜産統計によると、県内の肉用牛農家のうち、飼養頭数10頭未満が3350戸と全体の48%を占める。しかし、後継者が見つからずに廃業していくケースが急増。この10年で6割も減った。

 おのずと高齢化も進む。県別の詳細なデータはないものの、半数超が65歳以上で、しかも75歳以上の比重が増しているというのが専らの見方だ。

 中原さんの64歳での引退は早すぎるように思える。「誰にも迷惑をかけずに辞めたかった。自分たちのような夫婦2人の農家は間違いなく、頭の隅で引き際を考えている」

 ぎりぎりまで経営を続けた結果、夫婦のどちらかが体を壊したり亡くなったりしてしまい、残った子どもが牛の世話や処分に右往左往したケースは少なくないからだ。

 幸い、土地や農機具を売却するめどは立った。「やろうと思えば、まだ何年かはできるだろうけどね。今がタイミングじゃないかと思って」。中原さんは牛の頭をなでながら、自らに言い聞かせるように話した。

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