「ヤミ米追放して配給米を」と訴えて鹿児島市内(清水町付近)を自転車、オートバイなどでパレードする米屋さん=1959年12月
「米は米屋から」。自転車やオートバイにのぼりを立て、街頭パレードをしているのはヤミ米を追放して配給米を-と訴えるお米屋さんたち。トラックを含め400台が参加した。
配給制のもとで米は数量が割り当てられ、購入には「米穀配給通帳」が必要だった。ところが、生産が需要を上回りだすと、安いヤミ米が大量に出回るようになる。
鹿児島での当時の配給米の値段は内地米キロ85円、ほかに値段が安い徳用米もあった。一方、ヤミ米はキロ82円。配給米の辞退が相次ぎ、受配率は全国最下位。米屋さんの危機感は相当なものだったのだろう。
米の配給制は、81年の食糧管理法改正でようやく廃止となった。