紙吹雪あびてゴールに入る上之選手=1954年7月27日
1954(昭和29)年7月27日、当時、鹿児島市易居町にあった南日本新聞社の前。ランナーがゴールに飛び込むと、待ち構えていた人だかりから声援が飛び、紙吹雪が舞った。第1回県下一周市郡対抗駅伝競走大会は、5日間にわたり県民を沸かせた。
大会は、奄美群島の日本復帰とラジオ南日本(現・南日本放送)開局を記念して始まった。離島を除く10市郡が参加。47区間491.2キロのコースに挑んだ。
当時、道路事情は悪くほとんどが砂利道。雨が降ると選手は泥まみれ、晴れの日車が通るとほこりまみれとなった。選手は農村青年が中心だったという。
鹿児島は、52年に始まった九州一周駅伝で2年連続最下位。県下一周駅伝には、長距離選手育成への期待も込められていた。