米丸麻希子氏
2期目途中で県議を辞し、知事選への立候補を表明した。葛藤もあったが、「崖から飛び降りる」覚悟で決断。自らを突き動かしたのは「政治家としての信念を貫きたい」という強い思いだ。
世界に誇る一等地の使い道は、他にある-。出馬のきっかけは、鹿児島港本港区のドルフィンポート跡地問題。4月の出馬会見では、県が進める新体育館計画に真っ向から異を唱えた。
県議時代、所属した自民党は計画を容認した。党の方針を覆せなかった悔しさや後悔は今も消えない。
東京のコンサルティング会社などで働き、英大学院で経営学修士(MBA)を取得。30歳で古里の姶良市にUターンした。実家の葬儀会社の取締役に就き、経営感覚を磨いた。
訴えるのは、鹿児島が潤う環境づくり。これまで世界46カ国を訪れた経験を踏まえ、「観光資源はどの国にも負けない。必要なのは、価値を発信するブランディング力」と言い切る。
生徒会長を務めた鹿児島純心高校時代が政治家の原点だ。生徒の要望に耳を傾け、購買のパンの種類を増やすと訴え、当選した。生徒会メンバーと協力しながら学校側と交渉し、公約を実現。「現状は変えられる」と実感した。
葬儀会社で働く中、自殺する人の多さに衝撃を受けた。垣間見えた社会のひずみ。「誰もが生きやすい鹿児島にしたい」と2019年、43歳で県議に立候補した。
支持者の間では鹿児島初の女性知事への期待も高まるが、気負いはない。集会の終了時刻が過ぎても、参加者と気さくに話し込む。さまざまな声を拾い、住民目線を大切にする。
「底抜けの明るさと行動力が持ち味。人を自然と引きつける」。周囲の評は今も昔も変わらない。空手やトライアスロンなど多くのスポーツを経験し、最近はヨガがお気に入り。政治活動の合間に疲れた筋肉をほぐすのが、つかの間の息抜きと笑顔を見せる。