プロジェクトを立ち上げた大上真司バス・鉄軌道ユニット長=2024年11月、岡山市北区の両備グループ本社
運転手が足りない。地方だけでなく鹿児島市内でも運転手不足による路線バスの減便・廃止が相次ぐ。住民の移動を支えるバス業界の求人難は深刻だ。待機時間のある変則勤務や事故リスクが敬遠されがちな上、平均年齢の高さなど構造的問題も横たわる。バス運転手を取り巻く実情を紹介する。(連載かごしま地域交通 第2部「運転手はどこへ」番外編より)
「空気圧OK」「バッテリー液問題なし」。ぐるりとバスの車体を一周しながら運行前点検する栗原秀之さん(44)。テキパキとした動きと手際のよさは熟練の風格さえある。実は昨春、路線バスの運転手になったばかりの新人だ。
岡山市を中心に路線バスやタクシー事業を展開する両備グループは2023年から24年にかけ、約200人の乗務員採用に成功した。
栗原さんの前職はバスとは無縁の接客業。23年末、テレビ番組で両備の乗務員募集キャンペーンを見たのが転機となった。説明会へ足を運び、運転体験にも参加した。
初めて大径のハンドルを握った瞬間、「これだ」と直感した。「小さな頃から、大きな車を運転してみたい気持ちがあった。それを職業にする感覚がなかった」
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両備Gの24年3月期の売上高は1598億円。新型コロナウイルス下の20年4月~23年3月の3年間で、路線バスやタクシーの運転手約150人が退職した。当時1700人ほどの運転手がいたが、今後の定年や中途退職を見据えると必要数に満たない。コロナ5類移行後の23年夏に始めたのが「宇宙一本気(マジ)な乗務社員採用」だった。
仕掛け人の大上真司バス・鉄軌道ユニット長は、栗原さんのように幼少期に大きなバスに憧れを持っていた人は潜在的に多いはずだと分析。漠然とした憧れを、現実的な職業として捉えてもらえるよう力を入れた。「暗い話題ばかりのバスを楽しいイメージに変えたかった。暗いところに人は集まらない」
最初に手がけたのがテレビCMだった。日夜研究にいそしむ博士と助手が怪しげな薬を開発。飲むと両備Gに入社したくなるというコミカルな内容で集中的に放映した。「県民ならみんな知っている」と言うほど反響は大きかった。
CMで興味を引いたら、次はバスに触れてもらう作戦。23年夏から1年間、岡山市内を中心に説明会を800回以上開き、乗車体験会もした。
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待遇面の改善には「宇宙一作戦」前から取り組んでいる。「岡山県の全産業平均より100万円アップの年収」を目標に掲げ、昨春までの2年間で月収は約3万円アップした。ちなみに岡山の全産業平均は約463万円。
「限られたパイの同業から運転手を取り合っても意味がない。全労働者から振り向いてもらえるよう魅力を伝えた」と大上ユニット長は説明する。CM効果は大きく、200人の募集枠に対し、千人以上の申し込みがあった。応募が多ければ、優秀な人材に巡り会う機会も増える。
24年11月にはキャンペーン第2弾を発表。今後女性ドライバーの獲得などに力を入れると説明した。「向こう100年続く地域交通をつくり、安全で暮らしやすい地域を広げたい」。大上ユニット長の声は明るく響いていた。
憧れのバス運転手になった栗原さんは言う。「やっぱり降車時に『ありがとう』と言われるのがうれしい」。岡山市内でも乗降客の多い路線を任され、現場に欠かせない存在となった。