愛猫・雷ちゃんに、大学寮のあの先輩の叫ぶ顔が重なる。後のイケザキの芸風につながる経験だったかもしれない
「オラアアア! 1年並べえええ! 5列縦隊じゃああ!」
寮を優しく案内してくれたあの2年の先輩を先頭に、20人ほどが南寮談話室のドアを蹴破って入ってきた。
「ははっ、何これ? うけんだけど。なに始まるん」
誰かが小声で言った。なるほど。新入生を迎える出し物的なやつだ。僕はそう思った。
「ヘラヘラすなああああああああ! 早く並べええええ! 5列縦隊じゃあああああ!」「並べえええ!」「早くせんかあああ!」「なめんとんかああ!」
20人の先輩が、次々と叫ぶ。え? え? マジのやつ? 止まらない怒号におふざけじゃないことを察した1年は急いで5列に並び始めた。僕も慌てて列の一部になろうと動き、目に入った窓にギョッとした。
北寮とつながる大きな通路に面した5枚ほどの窓一面に、さらに上の先輩たちが腕を組んですごいけんまくでにらんでいる。急がないとやばい。1年生80人は初対面とは思えない連携で、均等に5列になった。
「よーしっ! 並んだな! 番号おおおおおおお!」
先輩が血管が切れるぐらいのテンションで叫ぶ。先頭から番号を言わないといけないみたいだ。僕は10番目ぐらいに並んでいた。1人目が叫ぶ。
「いちっ!」
「声が小さあああああああああああああい!」
これぐらいの声を出せ、と言わんばかりに先輩は叫ぶ。
「もう1回じゃああああ! 番号おおおおおおおおおお!」
「いぃぃぃちっ!」「にっ!」
「声が小さあああああああああああああああああい!」
今度は2人目に対し、先輩は目をバキバキにして、さらに大きな声で叫ぶ。
「もう1回! 番号おおおおおおおおおおおおおお!」
「いぃちっ!」「にいいいいっ!」「さんっ!」
「声が小さあああああああああああああああああい!」
3人目にもおでこがつくぐらいの至近距離で容赦なく叫ぶ。
「番号おおおおおおおおおおおおおおお!」
「いぃち!」「にいいいいっ!」「さああああんっ!」「よおおおおおん!」
「ストオオオオオオオップ! 『よん』じゃねええええ! 『し』じゃああああああ!」
先輩は体をのけぞらせ叫ぶ。僕は思った。この人死ぬ気か。いくらなんでも叫び過ぎだろ。このままじゃ、先輩の喉が消し飛ぶ。もう手を抜いて叫ぶ1年はいなかった。心は一つ。あの先輩を助けよう。
「番号おおおおおおおおおおおおおおお!」
「いぃち!」「にいいいいいっ!」「さああああんっ!」「しいいいいいぃ!!!!」「ごおおおお!」「ろおおおおくっ!」「ななあああああ!」
「ストオオオオオオップ! 『なな』じゃねえええええ! 『しち』じゃああああああ!」
この後も、4と7の罠(わな)に引っかかる1年がちょくちょく現れ、結局80番まで数え終わるのに1時間ほどかかった。先輩の喉は案の定消し飛び、誰よりも声が小さくなっていた。
つづく。