フリーライターの小笠原淳さんに届いた「闇をあばいてください。」と書かれた文書=4月24日、札幌市
鹿児島県警の元・生活安全(生安)部長(61)が県警の不祥事を記した文書を札幌市のフリーライターに郵送し、職務上知り得た秘密を漏らした疑いで逮捕、起訴された事件は、「公益通報」に当たるかどうかが争点の一つになる。元生安部長は「野川明輝(前)本部長が職員の犯罪行為を隠蔽(いんぺい)しようとした」と主張。県警側は全面的に否定し、公益通報と認めていない。連載「検証 鹿児島県警」の第4部は、事件の背景や類似事案から公益通報の現在地を探る。(連載・検証 鹿児島県警第4部「公益通報の現在地」①より)
昨年4月3日、札幌市のライター小笠原淳氏(56)の元に1通の封書が届いた。茶封筒に、宛先を印字した白い紙が貼り付けてあった。中にはA4判用紙計10枚。1枚目は1行だけで、こう書かれていた。「闇をあばいてください。」
鹿児島県警の警察官によるストーカー、盗撮、時間外勤務の不正申告-。2枚目以降は当時未発表の不祥事が列記されていた。消印は「鹿児島中央」で、差出人の記載はなかった。小笠原氏は「具体的な記述ばかり。一目で内部告発だと判断した」と振り返る。
ただ、地理的に裏付け取材は難しいと考え、福岡市のウェブメディア「ハンター」の中願寺純則代表(65)にPDFデータで送り、情報共有した。ハンターは鹿児島県警の在り方を指摘する記事を掲載し、小笠原氏も「鹿児島県警の闇」と題する署名記事を寄せていた。「過去の記事を読んで自分を選び、追及を期待したのだろう」と推察する。
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しかし、この情報共有がきっかけとなり、元生安部長は昨年5月31日、県警に国家公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕される。
県警は、別の事件の関係先として、昨年4月8日にハンターを家宅捜索。その際に押収したパソコンから小笠原氏が共有したPDFデータを見つけ、「元生安部長が秘密を漏らした」と特定するまでに至った。
小笠原氏は「取材源の秘匿が絶対である報道機関を強制捜査したばかりか、関係のない取材情報まで持ち去って提供元を暴くという県警の姿勢が許せない。取材源を守り切れなかったという申し訳なさも大きい」と、憤りと後悔を抱える。
元生安部長は昨年6月5日に鹿児島地裁であった裁判手続きで、「(前)本部長が県警職員の犯罪行為を隠蔽しようとした」と名指しで主張。「県民の安全より自己保身を図る組織に絶望した。マスコミが記事にすることで、明るみに出なかった不祥事を公にできると思った」と重ねた。
弁護側は、公益通報またはそれに準ずるとして無罪を訴えている。
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県警は一貫して隠蔽疑惑を否定している。元生安部長の封書には「公表を望まないストーカー被害女性の個人情報が含まれていた」などと説明し「公益通報には当たらない」との認識だ。
また文面に前本部長の名前はなく、元刑事部長が職員の犯罪行為の隠蔽を指示したとの趣旨で記されていた。県警は「(元)刑事部長をおとしめるための行為」との見解も示す。
実際、封書に列記されていた不祥事はどのような経過をたどったのか。
盗撮事件は、当初から署員の犯行が疑われたが、捜査は本部長指揮ではなく署が担って始まった。一時中断した期間があり、署内から「隠蔽にならないか」と懸念する声もあった。
ストーカー事案は、市民の個人情報をまとめた「巡回連絡簿」を悪用していたが、懲戒処分よりも軽い訓戒処分にとどまり、公表対象にならなかった。
小笠原氏は一連の経緯を踏まえた上で「封書にストーカー被害者の情報が記されていたのは事実かどうかを担保する意味がある。実名で記事にしてほしいという目的ではないことは明白だ。公益通報以外に考えられない」と指摘する。
元生安部長の逮捕を機に新たな危機感も覚えている。これまで寄せられていた北海道警関連の内部告発が減ったからだ。
「郵便物での告発はまず届かなくなった。萎縮した警察官は多い。報道機関を強制捜査し、公益通報者をつぶした鹿児島県警は、完全に一線を越えた」