トークタイムで日頃の悩みや不安について意見交換する参加者=5月16日、鹿児島市の鹿児島大学付属小学校
全国で教員のなり手不足が深刻だ。鹿児島県内の教員採用試験の倍率は、2015年度の11.9倍に対し、23年度以降は3倍を下回る状況が続く。県教育委員会は、試験時期の前倒しや教員免許を持ちながら教壇を離れている「潜在教員」の掘り起こしなど、人材確保に苦心する。対応策を協議してきた有識者の検討委員会は5月、魅力発信や業務見直しなどを提言した。
「1人で抱え込まず、周囲と共有して対応を」「日頃から児童の様子を保護者に伝えることが大切」-。5月16日、鹿児島市の鹿児島大学付属小学校で行われた授業公開に、教職を志す学生や新任教員ら約600人が訪れた。授業後の「トークタイム」では、心配事を先輩教員に相談し、アドバイスを受ける姿が見られた。
例年は先進的な授業実践を見せてきたが、学生や若手のニーズに応える内容に衣替えした。新たに設けたトークタイムは、事前アンケートに基づき「保護者対応」「ワークライフバランス」などをテーマに設定した。4月から教壇に立つ20代教諭は「業務が多くて不安を感じていたが、頑張れそう」と笑顔を見せた。
付属小は昨年度から「教職の魅力発信基地」を掲げる。橋元忠史校長は、学生や若手教員が保護者対応を学ぶ機会が少ないと感じてきた。「先輩教員も悩みながら、解決するために知恵を出し合っていることを体感してほしい」と語る。
▽大学3年に挑戦枠
県教委によると、今年は5月1日時点で8人が欠員となっている。昨年の28人からは改善したものの、現場の教員不足を解消できていない。
背景には採用試験の倍率低迷が挙げられる。特別支援学級の急増などで、採用者数は15年度の207人から、25年度は492人と大幅に増えた。臨時的任用教員として勤務経験がある既卒者の採用が進む一方、新卒は横ばい。受験者は2462人から1107人に減っている。
県教委も手をこまねいていたわけではない。21年度採用分の試験から受験年齢上限を段階的に引き上げ、25年度には59歳とした。24年度からは、東京・大阪にも1次試験会場を設け、U・Iターン希望者の取り込みを図ってきた。
民間企業が採用活動を早めていることを踏まえ、25年度から、日程を3週間程度前倒して、6月に1次試験を実施している。さらに大学3年生が一部科目を受験できる「チャレンジ枠」も設けた。一定以上の成績を挙げれば、翌年の1次試験は教科専門のみとなる。
子育てなどを理由に教壇を離れている教員免許保持者の掘り起こしも図る。ブランクへの不安を解消するため、23年から鹿児島大に委託し「キャッチアップ講座」を開催。昨年までに64人が受講し、うち3人がこの春、採用された。
吉田小(鹿児島市)の上橋真弓教諭(56)は20代のころ期限付き教諭として4年余り勤めたが、妊娠で採用試験受験を断念。年齢上限引き上げを知りキャッチアップ講座を受講、約30年ぶりに教壇に復帰した。
ICT活用など以前とは異なる点も多いが「受講で不安が和らいだ。教員不足解消に役に立ちたいという思いで挑戦したが、自分の生きがいとしても頑張っていきたい」と意欲を語る。
▽役割分担
教員不足を解消しようと県教委は昨年、研究者や企業経営者らでつくる「『かごしまの先生』魅力発信検討委員会」を設置した。教員志望の学生の声を聞くなどしながら、3回にわたって議論。委員長を務めた溝口和宏鹿大教育学部長は5月中旬、提言を地頭所恵県教育長に提出した。
提言は「学校や教員の役割は担いきれないレベルにまで肥大化している」と指摘。働き方改革を推進するよう求めた。文部科学省が、学校・教師が担う業務を3分類し、整理するよう求めていることも紹介。分類は登下校対応や徴収金の管理は「学校以外が担うべき業務」、校内清掃や部活動を「必ずしも教師が担う必要のない業務」と位置付ける。
提言は、こうした業務を保護者や地域住民と役割分担する必要性を強調し、実現に向けて、丁寧に対話を重ねる必要性を訴える。
県教委教職員課の中島靖治課長は「教師という仕事の魅力を損なうような要因を小さくすることで、結果的に人材確保につながるのが望ましい。魅力発信と働き方改革は不可分のものとして取り組んでいく」と話した。
■鹿児島大教育学部長・溝口和宏氏「社会で支える視点を」
学生の売り手市場の中、教員が就職先に選ばれるためには何が必要なのか。教員確保に向けた提言をまとめた「『かごしまの先生』魅力発信検討委員会」の委員長を務めた鹿児島大学教育学部の溝口和宏学部長(58)に聞いた。
教員のなり手不足は、人口減少の中で構造的に起こっている問題だが、働き方改革は早急に進めなければならない課題だ。教員がいい授業をするためには、子ども一人一人と向き合って、しっかりと準備する時間が必要だ。だが、確保できていないのが現状だ。
子どもの成長に関わり、自分も成長できる教員という仕事に魅力を感じている学生は多い。一方で、現場の厳しさを見聞きして、不安を感じる声も多い。他業種と比較し、教員の働き方改革がどこまで進んでいるか注視している。教育学部でも学生の2割程度が、民間などに就職する。教員志望者が減れば働く環境は改善せず、悪循環を断ち切らなければならない。
学校には、子どもに関するさまざまな要望が寄せられる。真面目に向き合ってきた結果、教員が本来担うべきではないものも含め、多くの仕事を抱えている。こうした業務の見直しは学校だけではできない。地域住民や保護者の理解と協力が欠かせないが、それには丁寧な対話が求められる。行政のリーダーシップも必要だ。
教育は国や社会の根幹に関わるという認識を持って、「社会全体で学校や教員を支え、子どもを育てる」という視点に転換すべき時期が来ている。
みぞぐち・かずひろ 1967年生まれ。広島大大学院修了(教育学博士)。96年、鹿児島大に着任。2011年から教授、24年から教育学部長。専門は社会科教育学。佐賀県出身。