労働者に代わって企業に退職の意思を伝える代行業者(アルバトロス提供)
勤め先を辞める際の連絡を専門の業者に依頼する「退職代行サービス」が、鹿児島県内でも広がっている。電話一本で利用できる手軽さが理由で、弁護士は「強引な引き留めなどに有効で重宝されている」と分析する。企業側は困惑するものの法で認められた権利で、代行利用歴などを勝手に調べると違法となる可能性もある。鹿児島労働局は「職場環境の改善などで工夫を」と呼びかける。
「Aさんの退職の件です」。鹿児島市に本社を置く施設警備業の担当者は昨夏、突然の電話に驚いた。何が不満で辞めたのか、今も理由は分からず対策のしようもない。「辞める時は直接告げるのが常識ではないか」と怒りを隠さない。
同市の食品メーカーでも代行業者を介した退職があった。採用担当は「今思えば、仕事で悩んでいる様子があった」と、在職時にフォローできなかった後悔をにじませつつ、「合う合わないはある。無理な引き留めはできない」。
退職代行は、退職を希望する労働者に代わって専門の業者が勤務先に意思を伝え、書面などのやり取りを仲介するサービスで、1件当たり2万~5万円が相場。2000年代から登場したとされ、新型コロナウイルス禍などで広く浸透した。
就職情報企業マイナビが退職者や企業を対象にした調査では、転職した20代のうち18.6%(23年6月~24年7月)が代行業者を利用するなど、若い世代を中心に浸透している実態が浮かぶ。
5月の有効求人倍率は全国平均1.24倍。少子化などによる人手不足により、近年は求人が求職よりも多い状態が続き、再就職しやすい社会情勢も離職を後押しする要因の一つとなっている。
鹿児島からの利用者も増えている。大手サービス「モームリ」を運営するアルバトロス(東京)によると、24年度は124件の利用があった。前年度から88件増えて6割は20代。アルバトロス広報の浜田優花さんは「退職意思を何度伝えても受理しない」「求人票と仕事内容が違う」という相談をよく受ける。交流サイト(SNS)の普及で、自分の会社と世間のずれが把握しやすいことも「利用増の一因」と分析する。
「また辞めてしまうのではないか」。一方の企業側では、中途採用者がどのような経緯で前職を辞めたのか、気になる場面が増えているという。ある県内のメーカーの採用担当者は「代行業者の利用歴がある人は、『辞め癖』がついているのではないかと警戒してしまう」と本音を漏らす。
就職情報企業リクルートが運営する「就職みらい研究所」によると、広告費や研修費など中途採用にかかる費用は1人当たり約103万円。高額な費用をかけて採用した人材が早期退職となると大きな痛手だ。
ただ「本人の了承を得ず前職での情報を調べると、違法になる可能性がある」と指摘するのは、労働問題に詳しい国分隼人法律事務所の溝延祐樹弁護士(鹿児島県弁護士会)。個人情報保護法では、応募者の承諾なしに職務遂行能力や退職理由などを前の職場に問い合わせる「前職照会」を禁止する。問い合わせに応じた側も「同様に違法」とくぎを刺す。
■「まずは円満退社を心がけて」
若い世代を中心に広がる退職代行だが、安易な利用は望まぬトラブルや損害賠償を請求される可能性がある。溝延祐樹弁護士は雇用形態や有給休暇保有数、引き継ぎなど「まずは自身の状況を整理し、円満退社を心がけてほしい」と話す。
民法627条によると、企業に退職を申し入れれば、2週間で契約が終了となる。企業側からの承諾は必須ではないため、労働者は一方的な通告であっても、そのまま出勤せず、退職日まで有休消化する。代行業を使っても同じ流れだ。
ただ見落とされがちなのが、有給休暇の保有数。契約終了までの日数が足りなければ、出社義務が生じる。出社しないと無断欠勤扱いとなり、「懲戒解雇をはじめ、無断欠勤で生じた損害を賠償請求される恐れもある」(溝延弁護士)。
業務の引き継ぎは労働契約上の義務ではあるものの、強制する法律はない。とはいえ、トラブル原因では最も多くなっている。退職代行業の浜田優花さんは「取引先情報などを書類で郵送するだけでも無用なトラブルは避けられる」とアドバイスする。
取引先情報を再就職先で流したり、顧客データを抹消したりするなど、企業に報復する“リベンジ退職”も一部で取り沙汰されるが、損害賠償どころか刑法の威力業務妨害罪に問われかねない。
溝延弁護士は「代行業者はあくまで意思の伝達役。退職日や有給消化などについて交渉すると『非弁行為』にあたる可能性もある」と指摘。仮にパワーハラスメントや長時間労働などが退職要因としても、報復ではなく弁護士らへの相談を推奨する。
また、民法の規定は正社員ら無期雇用者が対象で、アルバイトやパートといった有期雇用者は、通告だけで退職できない可能性もあり、注意が必要だ。
■ミスマッチが大きな要因
退職代行が浸透する背景に、「ミスマッチが大きな要因の一つ」とみる関係者は多い。厚生労働省の調査では、新卒で入社した社員のうち、入社後3年以内に離職する割合は約3割に達し社会問題になっている。
一方で、マイナビが昨年5月、就活中の学生約1500人に実施したアンケートでは、57.6%が「入社予定先で長く働きたい」と回答している。マイナビキャリアリサーチラボの井出翔子主任研究員は、これからは“ネタバレ就活”が鍵を握ると分析する。
ネタバレ就活とは、企業や仕事内容に関する情報を事前に知っておきたいという学生心理。終身雇用制度崩壊や就職活動の早期化もあり、失敗を恐れやすいZ世代(1990年代後半以降生まれ)に多いとされる。
鹿児島労働局の前野里美職業安定課長は、インターンや企業説明会の充実、適切な求人票の記入徹底などが大事とした上で「まずは不都合を隠さなくて済む労働環境の整備が好ましい」と呼びかける。