職場が回らない――“時給1000円の壁”は突破したが、“年収の壁”が経営者も労働者も苦しめる。働き控え、価格転嫁…課題は山積みのまま〈鹿児島最低賃金1026円〉

2025/08/30 11:00
開店前、テーブルを拭くパートの従業員。最低賃金改定は多くの労働者に影響する=鹿児島市与次郎1丁目の「はいから亭」
開店前、テーブルを拭くパートの従業員。最低賃金改定は多くの労働者に影響する=鹿児島市与次郎1丁目の「はいから亭」
 鹿児島県内の最低賃金(時給)が1026円に決まった29日、経営者側は「地方の中小企業が耐えられるか」と不安を口にした。73円アップし、上げ幅、改定額とも過去最大。労働者側は歓迎するものの、長引く物価高を前に「まだ足りない」。政権側の働きかけもあり各都道府県で目安超えが続く中、「年収の壁」問題や価格転嫁の在り方といった課題も顕在化している。

 デイハウスびぃ(薩摩川内市中郷町)の生活支援員、森永明子さん(54)は時給980円で働く。最低賃金を27円上回っているが生活に余裕はなく、県外の大学に通う娘がお盆に帰省した際も外食は控えた。「時給アップはありがたい。老後を考えると1500円くらいあれば」と話す。

 「まだまだ足りないけど、増えたら増えたで問題もある」と言うのは、コープ田上店(鹿児島市)でフルタイムで働くパートの園田美穂さん(42)。職場のパート従業員の間では、年収103万円を超えた場合に所得税が発生する「年収の壁」が話題になる。

 担当部署ではパート6人のうち4人が「壁」を意識し、上限が近づけば働き控えが起きている。国会で見直し議論も進むが結論は出ていない。「今でさえ年末の繁忙期を心配し、上限がない正社員らがカバーし調整している。しわ寄せは確実に来る」と気をもむ。

 経営側も同じ悩みを抱える。漬物製造の中園久太郎商店(指宿市)の中園雅治社長(70)は、人手不足の中での働き控えを「もったいない」と残念がる。最近、人材流出対策のため賃金アップの原資として価格転嫁に踏み切った。「生産者を買い支える意識も広まってもらえれば」

 「ふぁみり庵はいから亭」など県内外に飲食店51店舗を展開する康正産業(鹿児島市)は従業員約1500人のうち9割がパートやアルバイト。肥田木康正社長(53)は「働き控えも気になるが、近年の賃上げ負担はかなり響く」と明かす。

 昨年、社是のより良い商品を「より安く」から「価値高く」に変更した。「従業員の暮らしのため給与は上がる方がいい。価格転嫁しても納得してもらえるサービスを目指す」と肥田木社長。仕入れの見直しや接客の工夫を模索する。

 県内では、新型コロナウイルス対策の実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)の返済負担や資材高騰による倒産が相次ぐ。東京商工リサーチ鹿児島支店の勢越淳一支店長(46)は「最低賃金アップに伴う人件費の増加、人手と原資確保の難しさを背景に、企業の資金繰りは悪化しかねない」と懸念する。

 7月の鹿児島市の生鮮食品を除く消費者物価指数は前年同月比3.5%増と、41カ月連続で前年同月を上回る。九州経済研究所(同市)の福留一郎経済調査部長(59)は「物価高の天井は見えず、最低賃金の上昇は今後も続く。企業はさらなる上昇を見据え、価格転嫁や生産性向上といった準備が必要。行政の目配りも欠かせない」と指摘した。

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