死因究明の最前線「法医解剖」、大学任せで解剖医不足が深刻 収入低くポストも限定 識者「欧米並みに専門機関設置を」

2025/10/06 14:52
司法解剖後の組織標本を確認する八代正彦さん=鹿児島市桜ケ丘8丁目の鹿児島大学大学院
司法解剖後の組織標本を確認する八代正彦さん=鹿児島市桜ケ丘8丁目の鹿児島大学大学院
 病死だと明確に判断できない「異状死」は、鹿児島県内では例年2000件前後ある。事件性の有無を見極める死因究明の最前線は、法医解剖を担う大学が主に担っている。ただ、ポストが限られている上、収入も十分とはいえず、人手不足に苦悩している。現場や識者は「全国的に専門機関を設ける必要がある」と提言する。

 「話した言葉をマイクで拾い、文字に起こして確認できます」。鹿児島大学大学院法医学分野の林敬人教授(46)に案内された鹿大桜ケ丘キャンパスの解剖室は、無機質な緑基調で、マスク越しに薬品のような独特の匂いを感じた。

 感染症対策のダクトを完備し、メスなどの器具が整然と並ぶ。頭上のモニターに、執刀しながら遺体状況を口頭で“メモ”し、現場で共有できるという。

 県内の法医解剖の実施件数は増加傾向にある。過去最高は2023年の288件で、10年前の2倍以上。しかし、解剖を担うのは全国でもほとんどが大学の法医学分野のみで、林教授は年間約200件の解剖を一手に手がけている。

 鹿大では解剖時、執刀医の林教授と補助する助教など約4人で臨む。解剖に最低3時間、組織標本を作るまで約1カ月かかり、鑑定書を作成するまでさらに2カ月はかかる。

 その上、1日に4体解剖が入ることも。林教授は「宮崎からも受け入れる。鹿児島だけでなく、九州の人手不足は深刻だ」と語る。

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 法医解剖には、事件性が明らか、あるいは疑いがあり裁判所の令状に基づいて実施する「司法解剖」と、事件性の有無が分からない遺体について令状や遺族の承諾がなくてもいい「死因・身元調査法」による解剖などがある。

 同法は07年に起きた力士暴行死をはじめ、解剖されないまま「事件性なし」と誤って判断された事例が相次いだことを背景に、13年に施行された。20年には制度充実へ「死因究明等推進基本法」が施行され、同年、県内では全国で39番目に医療、行政、捜査機関でつくる推進協議会が発足した。

 法整備に呼応するように解剖件数は伸びたが、解剖率で見ると欧米諸国に比べて後れを取っている。スウェーデンやフィンランドは8、9割であるのに対し、日本は1割にとどまる。

 関連著書の多い、千葉大学大学院法医学分野の岩瀬博太郎教授は「スウェーデンでは死因究明の省庁がある。日本は解剖医の収入も低く、解剖率は東南アジアにも負ける。国がリードして保障すべきだが、まだ軽視されている」と語る。

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 6月、鹿大法医学分野に新たな解剖医が加わった。林教授の元で約4年間、同大院生として学んできた八代正彦さん(30)。林教授の助手として解剖の補助をするが、今後は徐々に1人で執刀する現場を増やしながら経験を積むという。

 林教授は今年まで約7年間、1人で解剖をこなしてきた。「正直、責任は重く感じてきた。1人でも多く医者がいれば、判断の視点は増えて診断力は上がる」と新人を歓迎する。

 解剖医として社会的な責任を抱えているが、大学教員としての本分は捜査への協力ではなく、あくまでも「教育」と「研究」だ。試験作成や学会報告といった本来業務も重なり多忙だが、林教授は「医学の発展、遺族のために解剖を断ることはない」と断言する。

 ただ、今後も今の仕組みが成り立つかは疑問が残るという。岩瀬教授は「精神を病んでしまう人も少なくない過酷な現場でもある以上、大学任せ、人任せの属人的な状況を変えないといけない」。林教授は「大学はポストも少ない。死因究明の専門機関があれば、大学は解剖医の育成に専念できる」と提言する。

■検視医は高齢化が進む

 警察が委嘱し、遺体の状況から死因や事件性の有無について医学的な助言をする「警察検視医」も減少傾向にある。地域の検視医からは「高齢化も進む中、若手に関心を持ってほしい」と訴える声が上がる。

 鹿児島県警によると、検視医は3年更新で、主に地域の開業医に委嘱する。2025年8月末時点で、県内には134人おり、平均年齢は62.5歳。18年の151人から減少が続く。県内で一番多い地域は鹿児島市の南警察署管内で11人。一方、出水署、屋久島署管内は1人と地域差がある。

 検視によって犯罪の疑いが高まり、司法解剖につながるケースもある。県警は「犯罪の見逃し防止、遺族の不安緩和のためにも、検視医は不可欠な存在」と強調する。

 8人在籍する霧島署管内の牧園地区では1~5月、7件立て続けに孤独死が確認された。同地区で検視医を務める伊東幸彦さん(51)は「独居老人が増え、社会的な関わりも希薄になりがち。行政や自治会など多くの機関がもっと連携しないといけない」と語る。

 伊東さんが経営するクリニックの外来患者はほとんどが高齢者。伊東さんは50代になるが、管内の検視医では最年少だ。「跡継ぎのいない開業医も多く、10、20年後、医師そのものが減る可能性が高い。検視医活動を成り立たせるためにも、若い世代の協力が不可欠」と訴える。

■「社会定期意義がある。それがやりがいに」

 臨床医ではなく、人不足の法医学分野に飛び込み、林教授の後継者として期待される八代正彦助教=鹿児島市出身=に意気込みや思いを聞いた。

 -法医学を志したきっかけは。

 「母親が看護師で、医療現場に親近感があり、医者になりたいと思っていた。高校生の時にテレビで法医学という分野を知り、島根大医学部で死因を突き止める過程に興味を持った。その後進学した鹿大大学院で林教授に出会い、改めて解剖現場の面白さを感じた」

 -やりがいをどこに感じるか。

 「人材不足かつ、社会的意義のある分野だからこそ役に立ちたいと思える。犯罪の見逃しを防ぎ、研究に貢献できることがうれしいし、研究と手技をどちらも深められる。学会や解剖が重なると忙しくなるが、死因が分かったときの達成感が勝り、気にならない」

 -若い世代が魅力を持つにはどうすればいいか。

 「医学部生、研修医が法医学分野に関わる機会が圧倒的に少ない。関心の強かった自分は研修医期間に、自ら教授にアクセスして法医学の現場を肌で感じることができた。研修医が外科や内科だけでなく、法医解剖の現場にも触れるような制度があればいい」

 -今後の目標は。

 「林教授の知識量、技量に少しでも追いつきたい。この1年で執刀医としての経験を積んで、いつかは解剖を1人で任せてもらえるようになりたい。下の世代ももっと増えて、活気のある研究室になるといい」

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